Coding Memorandum

プログラミングに関する備忘録

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問題だらけの問題解決

問題のない問題との付き合い方」のスピンオフ記事です。こちらでは,実社会での問題解決について書いてみたいと思います。

問題解決とは

「問題解決のシーンにおいて,学生と社会人の一番の違いはなんでしょうか?」

これはある研修で問われた質問です。そのときの答えは次のようであったと記憶しています。「学生は与えられた問題を解くことができる。一方,社会人は問題を発見することもできる」。

社会人としての問題解決とは「問題を発見することから始まり,またそれが大事な部分でもある」という話。

この話は学生が劣っているということではなくて,「今までの試験問題を解くことが全ての価値であったという価値観から,これからは問題を自分で見つけることに価値があるという価値観へ変えていこう」ということを示しています。

それでは,この「問題を発見する力」を得るためにはどうすれば良いでしょうか?それには,まず「問題とは何か?」を考えることから始めます。

問題とは何か?

「問題とは何か?」。この問いは答えることが意外と難しいかと思います。

ここでは(割と?)有名な「問題のモデル」を紹介したいと思います。問題とは『「望まれた事柄」と「認識された事柄」の差(Gap)である』と定義されます。

Gap=問題であり,Gapがなくなれば問題解決となります。

この定義は色々な本で見かけることがあるのですが,私の一押しの参考書として「ライト、ついてますか―問題発見の人間学 」を挙げておきます。機知にとんだ例え話で進行し,さらっと読めてしまいます。

この「問題の定義」はシンプルながら,かなり強力です。身の回りの問題をこの定義で捉えなおしてみると面白いかと思います。ほとんどの問題はこの定義でモデル化できます。またモデル化した後には,問題の新たな側面が見えてくるのではないでしょうか。漠然としていた問題ははっきりと定義付けされ,これによって解決方法にも色々なアイデアを思いつくことができるかもしれません。

さあ,これで問題を発見する方法は分かりました!「望まれたコト」と「認識されているコト」を見つければいいのです。これであなたも問題発見のプロフェッショナル!

しかしながら,問題発見にはそれを難しくする難敵が待っているのでした。

望まれたコトとは何か?

「望まれたコト」とは何でしょうか?

問題定義の中の「認識されたコト」は誰にでも見つけられます。「認識されたコト」ですので当事者に聞けば簡単に分かります。一方,「望まれたコト」は自明なこともありますが,簡単には見つけられないこともあります。当事者ですら「どうしたいか」がはっきりしないことは良くある事ではないでしょうか。

仕事としての問題解決の場面では,「望まれたコト」を個人の思いだけで勝手に決めるわけにはいかないというケースもあるでしょう。裏付けを取ったりするなどの検証が求められます。その事柄に多くのステークホルダーが絡んでくると途端に検証の難易度が上がってしまうこともあります。

このように問題によっては「望まれたコト」を見つけることが困難であることがあります。しかしながら,これをおざなりにすると問題解決自体が台無しになってしまいます。

頑張って問題を解決し,現状を望まれた状態にすることができました。しかし,今の状態は私が本当に望んでいたコトではありませんでした。

悲劇的な話ですね・・・。問題発見のプロは「望まれたコト」を如何に上手く見つけてあげられるかが求められることとなります。

問題を解きたい病

問題発見を阻害する要因には次のこともあります。

冒頭に学生の話を書きましたが,大抵の日本人は学校教育で問題を解くことを鍛えられてきます。このため,問題を解決する能力(Gapを埋めるスキル)は非常に長けています(と言われています)。ひとたび問題が与えられれば,どんどんと解いて行ってしまう。

この問題解決能力が「望まれたコト」の発見を阻害してしまうことがあるのです。

問題解決が得意な人は問題を見るとすぐに解きたい衝動にかられます。このため問題の検討の途中でも,何か問題らしきものが見えてしまったら飛びつかずにはいられない。解くためのアイデアに意識が行ってしまい,議論もアイデアの検討へと移らせてしまいます。まだ,本当の「望まれたコト」が分かっていないにも関わらず。

手段の検討は楽しいので,一度そちらへ流れるともう止まりません。「手段のためなら目的も選ばず」の言葉のように,そのアイデアで解決できることが「望まれたコト」であったと本末転倒な状態になります。

このパターンでさらに悪いことは,間違った問題定義であっても問題を解決したところで解決したことの充実感で満足してしまうこと。まだ本当の問題を解決できていないにも関わらず,問題の検討を止めてしまうのです。

あなたの周りにも,やたらと手段の話をしたがる人はいないでしょうか?

問題を解く際には,『その「望まれたコト」は本当に正しいコトか?』を自問することでこの悲劇は多少なりとも減らせるのではないかと思います。

発展的話題

『「望まれたコト」を見つける』ということを『進むべき目標を決める』ということにすると,戦略策定のような問題になります。目標に対して現状(=認識されたコト)を分析して ,どうやれば目標に辿りつけるか(=Gapをなくす)を検討するというようにモデルにあてはまります。

この問題領域での最近流行りの(本屋で平積みされている)方法論に「仮説思考」があります。複雑な問題状況下では,「望まれたコト」なんていくら机上で考えても見つからない。それなら,(妥当な)仮説を立ててやってみたら何か分かるのではないかという考え方です。

上述の悲劇的なストーリーの最後には「本当に望んでいたコトではありませんでした」とあります。これは,逆に言えば「本当に望んでいたコトが分かった」ということが言えそうです。もしくは,少なくとも一つの望んでいないコトが消せたので,望んでいるコトをより絞りこみやすくなったと言えます。

「望まれたコト」を見つけることが本当に難しい問題では,必ずしも「望まれたコト」を完璧にすることなく柔軟に問題を解くこともあると心に留めておくと良いと思います。問題を解くことは手段であり,目的のためなら適切に手段を使っていくことが大事です。

終わりに

「問題」のモデルを導入し,問題解決での考慮点などをまとめてみました。問題は日々やってきます。今これを読んでいるあなたに「今,(少しでも)不快に思うことはなんですか?」と聞いた瞬間に,あなたは問題を抱えることになるのです。

本記事が,あなたをよりよい問題解決者にするきっかけになればと思います。

最後に「ライト、ついてますか―問題発見の人間学」は超おすすめです。大事なことなので2回 (ry

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